「働く」ということ。悩みがポイントかな?

生活

「職場で働いている人は、重要なことから始めます。職場で暮らしている人はやりやすいことから始めます。」この言葉は、私がある課で働いていた時に始めた職場新聞に掲載した言葉です。

 どうやらドラッガーに触発されて書いたようなふしがあります。一時期、ドラッガーに凝った時期があって、書籍も何冊も購入して読みました。

 最初に読んだ時には、本当にその言葉の新鮮さにびっくりしたものです。当時は、行革の仕事をしたりしてましたので、働く気のない職員を見るのが本当にいやで、その反動でこんなことを新聞にも書いたのかもしれません。

 働くということはどういうことか?

 「働く」ってどういうことなのでしょう?過去に書いた自分の文章を読んで考えてしまいました。定年もまじかに迫り、働いていることが普通だったので、少し、怖い気持ちもあるのだと思います。

 私は、再任用制度も使わず、他のところへの再就職も予定していないので、本当に、仕事をしない日々が4月1日から始まります。自由な日々が楽しみでもありますが、少し怖い気もします。

 これまでは、本当によく働きました。私の場合、働くとは、「悩む」ことでした。いつも課題があって、それを解決するために「悩む」。仕事をするときに一番最初にすることは、「悩む」ことです。

 時には、一緒に悩んでくれる人もいました。というよりも、人から悩み事を持ち込まれ一緒に悩むことが多かったように思います。

 そんな場合、一旦は悩んで、それから解決策を考え始めます。計画を作ったり、手順を考えたり、シナリオを考えたりするのは悩んだ後です。そして、その手順などにそって、会議を開いたり、調査したりします。そんな状況を私は「仕事をする」と認識していました。

仕事をしない人

 なので、私にとっては、仕事をしない人とは、「悩みごと」から逃げて行く人だったと思います。市役所にきて、何らかの作業を単純にやっていることが「仕事」だとは思えず、単純に「作業」をしているんだなーと感じることが多かったです。

 悩み事は嫌なものです。できることなら避けたい。そう思うのは人情だと思います。当然そうでしょう。でも、私は、いつも逃げることばかり、避けることばかりしている人を見るのが本当にいやでした。

 なので、どんなに真面目であったり、面白かったりする人でも、逃げる人は、決して評価しませんでした。やはりそんな人は私にとっては、「仕事をしない人」なのです。

人事評価

 ここ数年で、活用が広がって行っている人事評価制度ですが、この制度はしっかりと機能させて、定着させるべきだと考えています。仕事をしない人が、普通に同じ給料をいただくのはやはり違うと思います。

 残念ながら、50才台の職員の中には、そんな人もいまだに見かけます。そろそろ、そんな考えは捨てた方がいいですよと言いたいところです。

 人の評価なんてできないとか、評価の仕方が違うんじゃないかとかいう人もいますが、それはやらない言い訳を言っているだけのように感じています。

 やはりちゃんと「働く」ということを評価すべきだと思います。それが、本当の「公平」というものじゃないでしょうか。

まとめ

 昔、職場で始めた新聞の原稿を読んで、「働くということ」について、考えてみました。「悩み」があってそれを解決する工程が「働く」ということだと自分では考えているようです。

 そして、それは悩んでいる人に寄り添っていく工程でもあるのでしょう。だから、なおさら、自分のことしか考えないような人のことを、私はあまり評価しないのだと思います。

 でも、人のことを気にしているようだとまだまだですね。そんなこと気にしないで淡々と「働く」男でありたいものです。

 宮沢賢治の「雨にもマケズ」は、そんな男の人のことを言っているのでしょうね。

 「デクのぼう」と呼ばれて、飄々としている人になってみたいものです。


I thought about “working”. I think that “work” is to include the process of “worrying”. A long time ago, I read an article written in the “Government Newspaper” that I started publishing (I got permission) on my own, and I was inspired to write it. Face your work head-on.

 

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